コラム

日本、いや世界中のSUVにとってジープは母なる存在なのかもしれない話

マーケティング用語に「商標(固有名詞)の普通名称化」という言葉があります。それまで存在しなかった製品が商品化され一大イノベーションを起こすことで、他社から他の商品名で後発品が発売されたにもかかわらず、第一号の製品の名前がそのままその製品そのものの一般名称となる、一社の製品が市場を寡占することで実質そのメーカーの商品名が一般名称なるパターンがあります。

4輪駆動車の一般名称となったクルマ

よく知られたものではシッカロール(ベビーパウダー)、オキシフル(オキシドール消毒剤)、味の素(化学調味料)等がありますが、エスカレーターも元はエレベーターメーカーのオーチス社の商品名で、変わったところで昭和初期の日本では「ナショナル(現パナソニック)」が実質ラジオ受信機の一般名称として浸透していたとか、「ダットサン」が小型車を指す名称として浸透していたとか、タイではかつて「ホンダ」がオートバイの一般名称として浸透していたという話もあります。また意外なところでは「デジカメ」も三洋電機の登録商標(普通名称としては「デジタルスチルカメラ」)だと言います。
自動車関連では今でもビジネスバイクを見ればヤマハメイトでもスズキバーディーでもついつい「カブ」と言ってしまう方もまだまだ多いと思いますが、この手の話で忘れてならないのは長らく日本では4輪駆動車の一般名称同然に使われてきた「ジープ」でしょう。さすがに最近はSUVを見て「ジープ」という人は少なくなりましたが、平成の一桁くらいまではジムニーもランクルもサファリも果てはゲレンデヴァーゲンやランドローバーも普通に「トヨタのジープ」とか「ベンツのジープ」と呼ばれていたものです。筆者の子供のころ、ある自動車図鑑で「スバルレオーネ」を「乗用車型のジープ」と表記しているのを見た記憶があるので、かつての日本では自動車の4輪駆動システム自体が「ジープ」と認識されていたのでしょう。

トヨタが戦後、官公庁向けに米軍のジープのような4輪駆動車を開発してほしいという打診を受け、トヨタ関係者すら「ジープ」が商品名と知らず「トヨタジープ」として発売したあとに「ジープ」が商品名と知って「ランドクルーザー」に改名したというエピソードがあるくらいです。故意なのかミスなのかはわかりませんが、普通名称として商標は使わないルールとなっているはずのNHKですら、あるドラマの視覚障害者用の音声解説で4輪駆動車が走り去るシーンで「少年たちを乗せた『ジープ』が走り去る」(劇用車も三菱ジープ)と解説していたくらいなので、四輪駆動車をイメージさせるのに「ジープ」はよほどわかりやすいのでしょう。

日本に帰化したジープの分家

さて、なぜここまで日本で「ジープ」が4輪駆動車としての代名詞になるほどの知名度を得たのか、それは三菱が日本でウィリスジープを長年にわたってライセンス生産していたということに尽きるでしょう。1950年6月朝鮮戦争が勃発しますが、その際にアメリカ政府は占領下にあった日本で戦争に必要となる自動車をノックダウン生産による調達を決定し、ウィリス社の関係者が来日し、駐留米軍関係者向けのウィリスジープの輸入代理店でもあった倉敷フレーザーモータースの推薦により中日本重工(新三菱重工の前身)がノックダウン生産の指名を受ける事になります。1950年は自 衛隊の前身となる警察予備隊が組織され、戦後復興も始まり主に土木分野において官公庁を中心に機動力の高いジープの様な4輪駆動方式の不整地走行車の要請が高まっている時代でもありました。

この当時、独自開発の道を選んだトヨタを除き、日本の各自動車メーカーは技術獲得のために日産はイギリスのオースチン、日野はフランスのルノー、いすゞはイギリスのルーツ社と海外の自動車メーカーとの提携が活発になります。その中でジープに関心を寄せていた警察予備隊の強い要望で三菱はウィリスと提携、1952年7月ジープのノックダウン生産の契約を締結し、同年12月に名古屋製作所大江工場近くの名古屋港に最初のCJ3Aの部品が到着します。
1953年よりジープの国産化が始まりますが、当初の主なユーザーとして官公庁および警察予備隊に納入されます。ライセンス契約と同時に部品の完全国産化のも模索も始まり1954年末にはH4型4気筒エンジンの国産化に成功、国産化したエンジンはJH4型と名づけられ1955年から生産を開始し、1956年にはウィリス社の認定を受け、1957年政府からのジープの大量発注により本格的な量産が始まり、JH4型エンジンをベースに三菱のトラックや乗用車のエンジンが開発されることになります。まさしく三菱の4気筒エンジンのルーツはジープにあると言ってもよいでしょう。
元々がウィリスジープのノックダウン生産だったためジープの初期モデルには国産車ながら左ハンドル仕様が存在し、1960年代初頭まで右ハンドル仕様と左ハンドル仕様がラインナップされるという異例の存在でもありました。


▲初期の三菱製ジープは国産車ながらスリーダイヤのマークとWILLYSの刻印が並び左ハンドルなのが特徴

4輪駆動車といえばジープ

まだ、マイカーを持つこと自体が夢のような話だった時代、少し前のアメリカ占領下時代では米兵が乗り回し、復興期には主に官公庁や土木、林業関係業者に重宝された三菱ジープは、トヨタランドクルーザーや日産パトロール(後のサファリ)、スズキジムニー等、後発の国産4輪駆動車が発売されたのちも、4輪駆動車として絶大な支持を獲得し、日本人には4輪駆動車=ジープと認識されるまでに至ります。
日本が未曽有の経済発展を遂げ、国民の生活に余裕ができると、クルマも実用だけでなく趣味やレジャーの道具としての用途を求めるようになります。1970年代に入ると日本でも週休二日制を導入が始まり、自動車メーカーもレジャー用ビークル後の「RV」と呼ばれる、長期旅行やキャンプなど屋外レジャー用途向けのクルマを提案するようになります。なかでもジープは軍用の堅牢なボディーに走る場所を選ばない4輪駆動方式で、キャンプ、登山、釣り、スキーなどのアウトドア愛好家の移動用のクルマとしての人気が高まります。また、スポーツカーでサーキットをスポーツ走行するのと同様、岩場や泥濘地を4輪駆動システムとさまざまなテクニックを駆使して走破する事自体を、クロスカントリー競技として愉しむ愛好家も現れるようになります。
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4輪駆動車の生き字引

日本が世界有数の経済大国となり、自動車をはじめカメラや家電製品などあらゆる日本製の工業製品が世界市場を席巻し、バブルの足音が近づく1980年代になっても、依然ジープは基本設計を変えることなく生産が続いていました。もはやこの頃になるとジープがアメリカのウィリスのライセンス生産車であることすら忘れられているかのように、日本の山野になじんでいました。
しかし、無骨ではあれ本家ジープのリリースから40年以上たっていることを意識させないばかりか、4輪駆動車の頂点に君臨していたのは、いかにジープが合理的で普遍性を持った理想的な設計であったかがうかがい知れます。それは今も本家ジープの商標を持つクライスラーがジープラングラーの生産を続け、ジープのフォロワーであるジムニーやランドクルーザー等の4輪駆動車にどこかジープの面影を偲ばせるところがある事が証明してるでしょう。日本、いや世界中のSUVにとってジープは母なる存在なのかもしれません。

三菱ジープの終焉

1990年代に入ると日本に空前のRVブームが到来、ミニバン、クロカン4輪駆動車、ステーションワゴン、多目的な用途に対応したクルマが注目を集め、なかでも積載能力と走破性に優れたトールワゴンタイプの4輪駆動車「SUV」が支持を集めます。三菱でもジープの派生モデルのSUV「パジェロ」が販売の主力となりますが、21世紀も前にしてオートマチックトランスミッションはおろか、パワーステアリングもエアコンも無く、鋼板がむき出しのオープンボディのジープも細かい改良を続けながら生産が続けられ、「憧れだけでは乗る事の出来ない本物のクロカン4輪駆動車」として、むしろ4輪駆動車のカリスマ的な存在となっていました。


▲左ハンドルから右ハンドル化された以外、インテリアは1990年代末までほぼ変更なし
しかし、年々厳しくなる排ガス規制と衝突安全基準は、第二次大戦前から基本設計の変わっていないジープの存在を許さなくなります。1995年、ジープの製造を担っていた「東洋工機」が「パジェロ製造」に社名を変更した頃から、ジープの愛好家の間で「いよいよジープの最期も近い」と囁かれるようになります。
そして1998年ついに「三菱ジープ最終生産」のアナウンスが流れます。最終ロットのジープは300台、これはジープの生産終了が決まった時点で調達可能だった部品が300台分だったからと言います。
最終生産車には防錆処理や中塗り塗装がアンダーコートなど、せめて最後のジープが長く生きながらえるようにという配慮がなされ、いかにジープが4輪駆動車愛好家にとって三菱にとって特別な存在だったかが伺えます。

日本はジープの第二の故郷

現在「ジープ」は商標権を持つクライスラーのディヴィジョンの1つとなっています。アメリカ車が苦手とする日本市場においても、「ジープ」の販売は好調でいち早く右ハンドル仕様をラインナップするなど、日本市場への対応も早く「ジープ」の知名度の高さからも日本では人気の輸入車ブランドです。その人気の秘訣はかつて日本に帰化したウィリスジープの分家が長年にわたって日本の4輪駆動車の歴史を見守り、日本人の記憶に「4輪駆動車はジープ」という思いが刻まれているからなのかもしれません。

[ライター・画像/鈴木 修一郎]

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ユーズトカーラボ 編集部
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