「オトナ・アヴァンギャルド」のコピーと共に鮮烈にデビューした4WDクーペ、スバル・アルシオーネの後継車。それがアルシオーネSVXです。前作アルシオーネは当初「比較的リーズナブルでスタイリッシュなクーペ」というコンセプトで、特に北米市場に力を入れて販売を展開していました。最初は好調だったものの、折悪く日米の貿易摩擦に端を発した急激な円高や関税のために競争力が落ちてしまいます。そこで当初4気筒のみだったラインナップに6気筒モデルを加えるなど、高級クーペ路線にイメージの転換を進めますがあまり成功せず、設計を一新して巻き返しを図るために1991年にリニューアルしたのがアルシオーネSVXです。
日本名はアルシオーネSVXですがアメリカ市場では単にSVXと呼ばれました。これは「スバル・ビハイクル・X」という、当時スバルが提唱していたグランドツアラーのコンセプト名からとられたとされています。ちなみに「アルシオーネ」はスバルを構成する星の中で一番大きな星「Alcyone」から取られました。スバルのフラッグシップという意味が込められているのでしょう。
アルシオーネSVXとはいったいどういうクルマだったのか?
さて、アルシオーネSVXというのはどういう層をターゲットにしたどういうモデルなのでしょうか。発売されるに当たってのキャッチコピーは「遠くへ、美しく」、「500miles a day」でした。北米を主なターゲットにしていたことは、前作アルシオーネに引き続き、日本国内での発表に先立ってデトロイトショーで先行発表されたことからもうかがい知れます。そして「スタイリングの先進性と、その割に比較的リーズナブルな価格」を武器にしたアルシオーネに対して、たとえ関税で価格の有利さを失ったとしても戦える上質さと未来感を盛り込んだ高級パーソナルクーペです。ターゲットは北米の少し裕福な大人、というところでしょうか。
アルシオーネを踏襲した空力性能、スタイリッシュさと、アベレージを保ちつつ長距離を快適に走ることができるグランツーリスモの性能を追求したモデルと考えて間違いないですね。なお、アルシオーネSVXは国内向けの名称で、国外向けの名称はSubaru SVXでした。
エクステリアのデザインはイタルデザインが担当しました。いわゆるジウジアーロデザインですね。アルシオーネは国内デザインでしたが、あの直線的で強いインパクトを持ったアバンギャルドなボディラインから、丸みを帯びたややおとなしいスタイルになっています。それでも、たとえばまるで四方全周繋がった上に屋根まで回り込んだようなウインドウ。このデザインのために、そのままではサイドウインドウの開閉ができなくなるのを、フレームで分割して部分的に開閉できるようにわざわざミッド・フレーム・ウインドウを設けて対処しています。このあたりの徹底したこだわりに、このクルマにかけるスバルの力の入れようがうかがい知れますね。ただしヘッドライトは当初のデザイン案ではリトラクタブル・ヘッドライトでしたが、市販車では固定式になっています。
足回りは、フロントサスペンションがマクファーソン式ストラット、リアサスペンションはデュアルリンク式ストラットです。全長4,625mm、全幅1,770mm、車重1,620kg。まだまだ5ナンバー枠一杯のサイズが主流だった1991年当時の国産車としては、やや大柄なボディといって差し支えないでしょう。エンジンはEG33型、3.3リッター水平対向6気筒24バルブDOHCで240PS/6,000rpm、31.5kgf.m/4,800rpmを発生します。これはスペックもさることながら、全回転域に渡って豊かなトルクを感じさせつつきわめて静粛なエンジンであったといわれています。
駆動は4WDで、通常はフロント35%/リア65%のトルク配分ですが、状況に応じて自動で可変するVTD-AWD(可変トルク配分電子制御全輪駆動)機構を搭載していました。
北米市場を重視したグランツーリスモということを反映したのか、トランスミッションは4速ATのみの設定でした。ただこのトランスミッションは、一部でやや耐久性に難があるとの声もあったといわれています。発売された当時の価格は312万円から440万円、当時の国産車としてはかなり高価なクルマでした。
参考:スバルの買取専門ページです
悲運の短命モデル
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1991年9月にデビューしたアルシオーネSVXは、1997年12月に生産を終了、1998年の春には販売も終了しました。累計の登録数は5944台。後継モデルもありません。スバルとしては初めてといっていい高級車で、デザインにも力を入れた意欲作でしたが、決して大成功したモデルとは言えません。その原因は、まず発売時期のタイミングが悪かったことでしょう。1991年秋というと、春頃から本格化した景気の後退(バブル崩壊)の真っ只中で、それまで絶対に下がらないと思われていた土地の値段が下がり始めたり、銀行がつぶれたりという時期でした。そんな不景気に高級車は売れるべくもないですよね。
加えて、スバルというメーカーのブランドイメージの問題もありました。それまで「質実剛健ながらもリーズナブルな価格帯の車を作る会社」というイメージがあったスバル。そこからいきなりジウジアーロデザインの高級パーソナルクーペ、というのはやはり市場として受け入れられにくかったのかもしれません。それまで高級車を出していなかったメーカーが初めて高級車を出すというと、思い出されるのはホンダのレジェンドでしょうか。あの時は事前にイギリスのローバーと提携して、共同開発の姉妹車を出すというようなことをしていました。ブランドイメージの転換というのは、それほどに大変なことなのでしょう。
ただアルシオーネSVXは、その後レガシィの成功を受けて、スバルの高価格帯乗用車の認知が上がるにつれ、販売終了後に一部で評価が見直されているクルマでもあります。
中古車市場での現状は
出典:ウィキメディア
販売終了から既に20年が経過したアルシオーネSVX。元々の生産台数の少なさもあり、中古車市場でのタマ数は多くはありません。しかし、廉価な大衆車ではなく、また峠を攻めたりカスタムされたりする車種ではなかったこともあり、残っているものはそれなりに手をかけて大事に維持されてきた個体が多いようです。また、本来は4ATのみのモデル展開でしたが、レガシィやインプレッサのエンジンやミッションを移植されたものも少なからずあるようです。スタイリングの良さのおかげでカスタムのベースになった、ということでしょう。中古車情報などではMTモデルがたまに見られます。
先にも書きましたが、その未来的なスタイリングや高級クーペとしての優れた素質もあって、アルシオーネSVXのコアなファンも多く、いまもそこそこ値段を保っている個体が多いです。もちろん程度によってまちまちですが、50万円台までのものと100万円を超えるものに二分化している印象があります。中には6MTで500万円台後半、300km台の低走行で700万円を超える個体などもあるようです。エンジンもミッションも1種類のみの展開でしたが、発売当初からベースグレードのバージョンE、クルーズコントロールや本革シートを備えた上級グレードのバージョンLがありました。さらに富士重工業40周年記念特別仕様車として300台限定のS40、その第二弾でこれも300台限定のS40II、バージョンEをベースにBBSアルミホイールや高級オーディオを装備した500台限定のS3、最終モデルのS4が販売されました。
今がラストチャンスかも知れない
水平対向エンジン特有の低くシャープなボンネット、周りが全てガラスで構成されたようなグラッシィなコックピット、フロントからサイド、テールにかけて流れるようなウエッジ・シェイプ、ラグジュアリーなインテリア、滑らかで上質かつ力強いエンジン、そしてスバルのお家芸フルタイム4WDによる素晴らしい直進性と安心感のあるコーナリング。この素晴らしいフラット・シックスを味わえるのは、もしかするといまがラストチャンスかも知れません。
[ライター/小嶋享]